『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』で描かれた灰廻航一は、地味な能力から“空を翔けるヒーロー”へと進化し、本編『ヒロアカ』にも登場を果たした異色の存在。
この記事では、彼の強さの理由と成長の軌跡を、静かに、深く読み解いていきます。

この記事を読むとわかること

1. 灰廻航一という男──名もなき“滑走ヒーロー”の原点

その青年の名前を、僕らはどれほどの熱をもって呼んだだろうか。

灰廻航一（はいかい こういち）。

彼は『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』の主人公でありながら、決して“表舞台”に立つ存在ではなかった。
ヒーローライセンスもなければ、雄英の卒業生でもない。
ただ街の片隅で、小さな「困っている」を見つけては、滑るように助けに行く──そんな夜の使者だった。

人は、ヒーローに「大義」や「能力」を求める。
でも、灰廻航一は違った。彼が最初に動いた理由は、ただ一つ。

「そこに助けを求める人がいたから」。

あまりにも当たり前すぎて、誰も口にしなくなった動機。
けれどそれこそが、彼のヒーローとしての本質だった。

彼の個性は「滑走」。
正直に言えば、最初は地味だった。壁や地面を滑るように移動する。ただそれだけ。
それでも彼は、自分にできることを重ね、時に仲間と出会い、時に敗北しながら、ヒーローであり続けた。

この生き方が、何度も僕の胸を打った。

「滑走ヒーロー・クロウラー」。
その呼び名は、派手さも栄光もない。
だけど彼の足跡は、アニメの物語というよりも、僕たちが見落としてきた人生の片隅を思い出させてくれる。

何者でもなかった誰かが、誰かのために立ち上がる──
その奇跡のような瞬間を、僕はコーイチという男に教えられた。

2. 地味な個性「滑走」がチート級へ進化するまで

初めて「滑走」という言葉を聞いたとき、正直、肩透かしを食らったような気がした。
“ヒーロー”と呼ばれるには、あまりに地味すぎる──それが正直な感想だった。

だが、それは間違いだった。
地味な個性が、練度と創意によって、極限まで鍛え上げられたとき、それはむしろ最強の武器になりうる──それを僕たちに教えてくれたのが、灰廻航一だった。

彼の「滑走」は、壁や天井を自在に移動することで、三次元空間を操る異次元のステップへと進化する。
最初は、3点接地（手と足）でしか発動できなかった能力が、やがて「斥力（スラスター）」と呼ばれる力場の応用で、空を飛ぶレベルにまで到達していく。

まるで、アリが鳥になるような変化だった。
“ただの地上移動”だった能力が、空中を跳ね、回避し、突進し、急降下で敵を撃つ──まさに、バトルの舞台を三次元に拡張したのだ。

その変化は、彼の内面とも呼応していたように思う。
どこか自己評価が低く、「僕なんかが」と口にしていた青年が、自分の個性に可能性を見出し、誰かの命を守れる力として磨き上げる──それは、ひとつの“成長”の物語でもあった。

「滑走」が「飛翔」に変わるとき。
それは、能力以上に、彼が“本物のヒーロー”になった瞬間だったのかもしれない。

3. なぜ「強すぎ」「チート」と言われるのか？──その技術と精神

「滑走」──たったそれだけの能力が、なぜ“チート”と称されるに至ったのか。
そこには、単なる身体能力の向上を超えた、“技術”と“哲学”があった。

まず注目すべきは、応用力の高さだ。
斥力を駆使した高速回避・空中突撃・空中制御は、単なる移動を戦術レベルに昇華させている。

一見すると、コーイチは戦闘タイプではない。だが彼は、機動力と判断力、そして“人を救いたい”という想いをもとに、救出・回避・撹乱という三拍子を備えた、万能の機動型ヒーローへと進化していった。

そしてもう一つ、彼の「チート性」を語る上で外せないのが、精神性の高さだ。
「逃げること」「負けること」を受け入れる強さ、
そして「助けられる命があるなら、それでいい」と言い切る覚悟──
そうした精神の成熟が、技術と重なったとき、コーイチは“強すぎる”存在へと変貌する。

「個性だけでは、ヒーローにはなれない」
そう言い切れるほどに、彼は自分の限界を知り、その上で何ができるかを問い続けた。

「地味な能力を極めた者が最強になれる」──それは、灰廻航一という存在が僕たちに教えてくれた、小さくて、でも確かな真理だった。

4. 『ヴィジランテ』最終話と“その後”の姿

終わりは、ある日、突然やってきた。

『ヴィジランテ』最終話──街を守り続けてきたクロウラーは、壮絶な戦いの末に、誰の記録にも残らない「無名の英雄」としてその姿を消す。

誰もが知る“ヒーロー”にならなかった。
けれど、それがコーイチらしかった。

「ヒーローって、別にバトルで勝つ人だけじゃないと思うんです」
──彼がかつて語ったその言葉が、静かに、深く胸に残った。

最終話では、彼が渡米し、“ヒーローライセンス”を正式に取得したことが示唆される。
新たな活動名は──「ザ・スカイクロウラー」。

空を駆けるクロウラー。
それは「滑走」の最終形であり、かつて地面に縛られていた自分を、完全に超えた象徴だった。

コーイチは、“影のヒーロー”という立場を自ら選び取った。
大きな舞台に立たなくても、誰かの人生を守れることを知っていたからだ。

僕は思う。
本当のヒーローとは、「名を残すこと」ではなく、「誰かを生かすこと」にこそ、その価値が宿るのだと。

5. 『ヒロアカ』本編に登場した灰廻航一──静かな再会の意味

それは、ほんの一コマだった。

2024年完結の『僕のヒーローアカデミア』本編第424話──多くのキャラクターたちの戦いと希望が描かれたその中で、「彼」は確かに、そこにいた。

空を翔けるヒーロー。赤いゴーグルに、風を切る飛行フォーム。

名前もセリフもなかった。ただ、それだけで十分だった。

彼は、“スカイクロウラー”として帰ってきた。
あの夜の街から、戦場の空へ──。

ファンの間では歓喜の声が上がった。
「ついに本編に登場！」「報われた」と。

けれど僕は、少しだけ違う気持ちを抱いていた。
それは、旧友と、遠くから視線が交わるような、あたたかくも少し寂しい感覚だった。

かつて名もなきヴィジランテだった男が、誰もが知る“ヒーローの歴史”に静かに名を刻む──。

それは、作者・堀越耕平が、コーイチの人生そのものを肯定した瞬間だったのだと思う。

「君がいたから、ヒーローの物語はもっと深く、優しくなった」
──そう、静かに伝えているようで。

6. まとめ：名を持たぬ英雄が遺したもの

灰廻航一──その名を、ヒーローランキングで見かけることはない。

けれど彼の物語は、確かに僕たちの心の片隅に棲みついている。

地味な個性を磨き抜き、「チート級」と評されるほどに強くなった。
けれどそれ以上に、彼が遺したものは、“生き様”そのものだった。

「誰かを救いたい」という、ごく当たり前の願い。
それを信じ続けることが、どれだけ困難で、どれほど美しいかを、彼は教えてくれた。

もしも今、「僕には何もできない」と思っている人がいたら、僕はコーイチの物語を勧めたい。
ヒーローになんて、なれなくていい。ただ、誰かのために何かをしたいと思える心があるなら、それはもう、十分なのだと。

名を持たぬ英雄が遺したもの──それは、名を求めない生き方の、静かな強さだった。

僕たちは、もう若くない。
だけど、たった20分のアニメ一本が、また人生を揺らす──
そんな体験を、信じ続けていたい。